アメリカの農業 3
シンプロットは拒絶しました。
建物に投資もしたことだし、仕事仲間のことも考えなくてはなりません。
袋小路でした。
怒りっぽいごま塩頭の農場主とたくましく傲慢な若き企業家の対決となりました。
結局、誰が選別機を所有し、その使用条件を決めるか、コインを投げて決めたらどうかと、冗談のようにシンプロットが言いました。
意外なことに、マガートは賛成しました。
この老人は、機械が引き起した圧迫や抗議から自分が逃れることができさえすれば、機械の行方はどうなろうとかまわないようでした。
銀貨はシンプロットにほほえみ、彼はジャガイモの選別と貯蔵の仕事に遭進することになりました。
1930年に地元の金物商の娘、ルビー・ローズヴィアと結婚し、20工ーカーの土地と農機具を売り払い、バーレイの新居に移りました。
シンプロットにとって1920年代は貧しい生活と苦闘の時期でした。
そして世間のいわゆる〈大恐慌〉の歳月は彼にとっては〈狂乱の1930年代〉となりました。
ジャガイモは、経済学者の言葉を借りれば、典型的な〈劣等財〉です。
収入が落ちれば、人びとはこの廉価な蛋白質源をそれまでより多く買うようになります。
銀行の倒産が相つぎ、現金が着実にその価値を高めていたデフレーションの時期に、用心深い彼は現金で仕事をしていました。