本朝世紀
『本朝世紀』によると、康平二(1059)年正月に、日蝕について暦博士加塁戊道平と宿曜道を学んでいた藤原長経との間で論争が起きた。
道平が「日蝕はない」と言ったのに対し、長経は「ある」と言ったのです。
その当日はたしかに日蝕となり、暦博士は面目を潰してしまったといいます。
正確さを問う宿曜道らしいエピソードです。
しかし、その宿曜道も平安時代の大流行ののち、しだいに衰退の一途をたどり、室町時代以降は陰陽道や修験道に吸収されてしまったのです。
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